2025年入社
ドライバー
34年の外食キャリアと、コロナ禍で感じた理想とのズレ。57歳で叶えた子供の頃の夢。
私は大学を卒業してから34年間、ずっと飲食業界の一線で走り続けてきました。ファミリーレストランの営業部長や居酒屋ブランドの責任者、さらにはカスタマーサクセス部長といった重責を担い、組織を動かすプレッシャーの中で日々を過ごしてきました。しかし、コロナ禍を境に業界のあり方が劇的に変わりました。DX(デジタルトランスフォーメーション)が加速し、効率化の名の下に非接触サービスが主流となったのです。私が信じてきた外食の魅力は、お客様のすぐそばで接客し、満足いただく姿を直接見ることでした。しかし、現場ではお客様と接する時間が削られ、自分の理想とするサービス像との間に埋められない溝が広がっていきました。役職者としての重圧も重なり、次第に不眠に悩まされるなど体調を崩してしまったんです。そんな時、ふと思い出したのが、子供の頃に憧れていた「タクシーの運転手」という夢でした。「人生のラストは、自分の手で直接お客様を幸せにしたい」。その想いを叶えるため、定年を待たずに57歳で早期退職を決意しました。
理念が導いた滋賀ヤサカへの道。稼ぎだけではない、ワークライフバランスの真実。
私は大津の膳所(ぜぜ)で育ち、現在は草津に住んでいます。地元の滋賀で働くことは決めていましたが、会社選びの基準にしたのは「企業の理念」でした。他社と比較検討もしましたが、滋賀ヤサカの掲げる「お客様満足」という姿勢、そして何よりワークライフバランスを重視する社風に強く惹かれました。ここなら自分の理想とする接客が追求できると直感したんです。実際に入社してみて驚いたのは、想像以上に「しっかり稼げる」という事実でした。他社では手取り20万円台と言われることもありましたが、ヤサカでは普通に働いていても手取り40万円程度を実現できています。収入を維持しながらもしっかり休める環境があり、現在は月21日勤務を固定し、毎月9〜10日の休日を確保しています。前職に比べて年収は下がりましたが、今の私に不満は全くありません。ストレスから解放されて体調も劇的に回復し、趣味のランニングでは週に20kmを走れるほど、心身ともに充実した日々を送っています。
アプリが繋ぐ「絶え間ない出会い」と、順番待ちがくれる心のゆとり。
現場に出て実感するのは、「GO」アプリの圧倒的な集客力です。特に夏場などは1日に20回以上もアプリが鳴り続け、次から次にお客様と繋がることができます。半分以上、いえ、体感では8割から9割がアプリ経由のお客様ですね。一方で、1月や2月の閑散期には駅での待機時間が1時間を超えることもあり、正直に言えば不安になる瞬間もあります。しかし、車内の端末に表示される「順番待ち」の数字が一つずつ減っていくのを見ていると、「必ず自分にお声がかかる」という確かな保証を感じ、焦りが安心感へと変わっていきます。この「順番を待てば確実にお客様を乗せられる」という仕組みがあるからこそ、50代後半からの未経験スタートでも、心にゆとりを持ってハンドルを握ることができています。
30年ぶりの再会をプロデュース。タクシーという空間で生まれる奇跡のような物語。
私がこの仕事で最も大切にしているのは、単なる移動手段ではない「プラスアルファの感動」です。ある時、草津のイオンモールでお迎えした70代のお客様が「車を盗まれた」と困惑されていました。私は諦めずに一緒に駐車場を隅々まで探し回り、反対側の駐車場で無事に車を見つけ出しました。お客様が泣いて喜んでくださった姿は忘れられません。また、学生時代の友人に会いに来たものの住所が分からなくなった80代の女性を、手帳の古い住所を頼りにお連れし、30年ぶりの再会をお手伝いできたこともありました。もちろん、反省することもあります。陣痛が始まった妊婦さんをわずか500m先の診療所までお送りした際、一瞬だけ「もっと長距離だったら稼げたのに」と頭をよぎってしまったんです。しかし、お客様からの深い感謝に触れた時、メーターの数字でお客様を判断しようとした自分を恥じ、猛省しました。今ではお客様と真摯に向き合い、自分なりにお客様の満足度を上げる工夫を楽しんでいます。「感謝と満足を直接いただける」この仕事こそが、今の私にとって最高の天職です。